2016年1月8日金曜日

ボードローグのストーリー

ボードローグは、執筆者skが考案したボードゲームです。
ストーリーと言いますか、世界観について考えていこうと思います。

とても単純明快で幼稚なストーリーですが、ボードゲームで小難しい世界を構築してもプレイ中に世界観を感じてもらいにくいですし、ターゲットを広く取りたいので万人に分かりやすい幼稚な世界観を目指しています。


ファンタジックな世界観


黄金竜、伝説の秘宝のキーワードから分かるように幻想的な中世ヨーロッパの世界をイメージしています。テレビゲームなんかでよくある、〇〇クエストや〇〇ファンタジーの世界をボードゲームで再現していると思っていただいて構いません。

子供でも大人でもボードゲームを通じて、非現実的な世界を楽しむことはテレビゲーム、ボードゲームに関わらず、ゲームならではの醍醐味だと思います。

森や緑の草原が果てしなく広がり、空には巨大な竜が飛ぶ。
レンガ造りの家や城には、剣を携えた騎士やトンガリ帽子を被った魔女が佇んでいる。
世界の果てには、暗闇に包まれた幽玄な城があり、そこには黄金色の巨大な竜が潜み、世界の秘宝を独り占めしている。
選ばれし勇者と呼ばれる者達は、我先にと黄金竜討伐に向かうが、道中には数多くのモンスターが勇者を亡き者にしようと襲いかかる。

と、実に平凡な世界観なのです。


ストーリーからゲーム内容が分かるように


単純なストーリーからゲームの内容が分かるようにしています。
ボードゲームの目的が、黄金竜に奪われた秘宝を取り戻すことだとすぐに分かると思います。
ボードゲームで説明書をじっくり見てから、皆でプレイを開始する人は少ないので、少しでもイメージが湧きやすく、ゲームシステムに直結できるように考えたストーリーが、このように単純明快なものになっています。


ボードゲームにおけるストーリーの重要性


オセロや将棋のようなボードゲームには、ストーリーがなくても問題はありません。
ストーリーが必要となるボードゲームは、世界観がしっかりと出来たものだと思います。
[キル ドクターラッキー]というボードゲームがあるのですが、悪い人物であるドクターラッキーを暗殺するのが目的のゲームです。ラッキーという名前がポイントで、ドクターラッキーはゲームのメカニクスに守られ、なかなか暗殺されません。
暗殺が目的なので、いざ暗殺する時に他プレイヤーから邪魔をされるので、何度も暗殺の危機から逃れられるようになっていて、名前の通りラッキーなのです。

このゲームのように、登場人物がしっかりと作られているゲームには、ストーリーが勝手に生まれてきます。とって付けたストーリーよりも世界観を構築していく事で自然とストーリーが出来上がるのがベストだと思います。

ボードゲームのプレイアビリティについて考えてみる

プレイアビリティとは、そのまま訳すと「遊びやすさ」です。
ボードゲームのプレイアビリティは、ルールの簡略化は勿論、ボードや駒の色合いや手触り等、様々な要素で決まります。
どのようにして、ボードゲームのプレイアビリティを上げるかを考えていきたいと思います。


ルール、メカニクスを分かりやすくしてプレイアビリティを上げる


誰もが思いつく遊びやすさの向上につながることは、ルールを分かりやすくすることでしょう。分かりにくいルールのボードゲームは、プレイ開始までに時間がかかり、ルールを聞いている間に飽きてしまいます。どんなに楽しいボードゲームでも遊んでもらえなければ評価してもらえません。

ボードゲームのメカニクスも同じで、複雑であればある程、プレイアビリティは低くくなってしまいます。
ただ、あまりに単純にしすぎると奥深さがなくなってしまうので注意が必要です。
なかなか、単純なメカニクスで多用な戦略性を実現するアイデアはないものです。


アートディレクションからみるプレイアビリティ


アートディレクションと言うと馴染みのない言葉かと思いますが、見ためからくるプレイアビリティの向上につながるものと捉えていただいて構いません。

ボードゲームのボードや駒の色合いや形は単純に見ためだけで決まっているわけではありません。

色合いから説明すると、青系の色合いは寒いとか淋しい等、マイナスをイメージさせるのでボードゲームで使う場合は、マイナス点のトークン等の色合いに適しています。
赤系の色合いは、攻撃的、熱い等をイメージ出来るので、攻撃カード等に使う色合いとして効果的です。
黒い色合いは、敵の駒、白等の柔らかい色合いなら味方の駒等は誰もがイメージ出来るアートディレクションです。

アートディレクションは、あくまでプレイアビリティの向上の為のデザインとなるので、突拍子もない色合いは何の効果も生み出しません。


色合い以外にも、駒の形なんかもプレイアビリティ向上には大事な要素です。
丸型はいかにもコイン、お金をイメージできます。
大きさも重要で、カードのサイズは小さめでも大きすぎても扱いにくく、プレイアビリティを下げてしまいます。



ボードゲームのカードですが、パッと見た目だけでどんなカードを連想しますか。
赤と黒の色合いから悪いイメージが先行しませんか?
敵のカードだったり、マイナスイメージのカードだと判断できると思います。


手触りでも変化するプレイアビリティ


アートディレクションの一部でもあるのですが、ボードの厚みやザラッとしているのかツルツルなのか素材による手触りもプレイアビリティに影響します。
薄いより厚い方が持ちやすく頑丈なのでプレイアビリティは向上すると思います。
ペラペラの駒がボードゲーマーから嫌われるのは、単純な見ためだけではなくプレイアビリティも関係していると思います。

ツルツルの素材は近代的な世界観に、ザラッとした素材なら幻想的な世界観に合うような気がします。世界観に合う合わないも少なからず、プレイアビリティに関係してくると思います。


まとめると、プレイアビリティはアートディレクションやルールで決まる。
ボードゲームは手で直接触るものなので素材によってもプレイアビリティが変化します。

2016年1月7日木曜日

コイン型の駒

ボードゲームは、ボード上に沢山の駒やトークンを並べていく様子を眺めるのも醍醐味のなひとつです。
国産のボードゲームでは、駒や点数のトークンを紙で作られたものがほとんどで、いかにも安っぽい作りです。
一方、ドイツのボードゲームは木製の駒や厚紙(ボード)で作られたトークン等、重厚な作りです。


木製の駒


木製の駒は手触りもよく、程よい重量感もありボードゲームの駒に使う素材としては優秀です。費用的には割高になりますが、ボードゲームに高級感もでます。
個人的には、木製の駒も良いと思うのですがボードゲームらしさは、厚紙で作られた駒の方が良いと考えています。
ペラペラの紙製の駒は論外ですね。


コイン型の駒


ボードゲームの駒にも、人形型や丸型等、様々な形があります。
一昔前には、メンコ(硬い厚紙で作られた丸や四角のもの。子供の収集遊び)やプロ野球カード等、収集があるものが流行り、最近でも子供向けゲームでメダル型のものがあったりします。
収集する楽しみは子供でも大人でも持っているものなので、ボードゲームにも収集感が出せたら良いと思い、コイン型の駒のアイデアをおもいつきました。

分厚いコイン型の駒で所有感、後から追加キットでコイン型駒を出していくというのも楽しいかなと思います。


アブストラクトボードゲームは好きか嫌いか

アブストラクトとは、馴染みの薄い言葉かも知れませんがボードゲームプレイヤーなら、よく聞く言葉だと思います。

アブストラクトなゲームとして、運の要素がなく思考性が高いボードゲームの事を言います。プレイヤーにゲーム内の全ての情報が公開され、その情報を元に思考していきます。

アブストラクトゲームですぐに思いつくのは、[将棋]です。


将棋は完全なアブストラクトなボードゲーム


アブストラクトなゲームは、テーマ性の薄いゲームデザインであることが多いのも特徴のひとつです。テーマ性が薄い=抽象的と考えることも出来、まさに[将棋]が当てはまります。
もし、将棋にテーマ性があるのなら王の駒は戦国武将のように表現して、世界観等のテーマをアピールしてもいいのですが、単純に漢字一文字で、”王''としか書いていない駒です。
[オセロ]にしても味気ない白黒の駒を使っています。

アブストラクトなゲームは、パッと見て味気ない見た目ですが、思考性を重視したものと定義すると[将棋]はまさにアブストラクトの塊です。
プロ棋士なら、何百手も先まで考えて駒を動かしていきます。運の要素が全くないアブストラクトなゲームならではの特徴です。


アブストラクトなゲームは好きか嫌いか


運の要素が全くなく、熟練者と初心者で実力差が明確にされているのでボードゲームをパーティーゲームと捉えているのなら、アブストラクトゲームは嫌いとなります。
逆に好きな人は、自分の考えをダイレクトにゲームに反映されることを楽しいと感じる点だと思います。

個人的には、完全なアブストラクトなゲームより運の要素が混ざった方がボードゲームらしくて良いと思います。思考8割、運2割のボードゲームが好きですね。

2016年1月6日水曜日

ボードローグのイメージバナーを公開

ボードローグは、執筆者のskが考案した協力型のボードゲームです。
また、完成品はありませんが最終的には、なんらかの形で完成品を作りあげたいなと思います。

取り急ぎ、プロトタイプとも言えるボードローグのバナー、イメージ画像を作ってみましたので公開します。



シンプル過ぎるデザインではありますが、サブタイトルで「サイコロを使わないボードゲーム」であることをアピールしつつ、正方形のマス目がメインボードであることが分かるようになっています。


タイトルの由来


ボードローグは、パソコンゲームやスマートフォンのアプリゲームで色々と出ているローグライクのゲームを文字通り、ボードゲームで再現することを目標としています。
ボードでローグを再現するから、ボードローグ。とても単純なタイトルですが、ボードゲームのタイトルで大事なことは語呂が良いことと、覚えやすさです。
一般的な人、ローグライクの言葉すらしらない人でも、1度聞いただけで覚えてもらえるネーミングにしたかったので短いタイトルにしました。

[カタン][ドミニオン]等、有名なボードゲームも短いワードなので、その当たりも意識しています。



















ボードゲームの奉公問題

プレイヤー同士が、ひとつの目的に対して互いに協力しながら、目的達成を目指すタイプのボードゲームを、協力型ボードゲームと言います。

協力型ボードゲームは、熟練者と初心者が協力しながらゲームをすすめることが出来るが大きな特徴になっていますが、時として問題となるのが、[奉公問題]です。

ボードゲームの奉公問題とは、熟練者が初心者に対して、最善手を強要することです。

ボードゲームに精通すると、手番手番での一番有効となる最善手というものが自然と導きだすことができますが、初心者は、どうしても、手番ごとに最善手が思いつかないこともあります。

最善手が思いつかない時に、熟練者はアドバイスをするのですが、アドバイスも2度3度となってくると、初心者のプレイヤーは、自分で考えて遊んでいるのではなく、やらされている感を強く感じてしまいます。

やらされている感を感じてしまうと、途端に熟練者に奉公している状態になり、ゲームそのものがつまらないと思ってしまいます。

協力型ボードゲームで、[奉公問題]を完全になくせているボードゲームはなく、奉公問題を理由に協力型ボードゲームを嫌うプレイヤーも多いのが現状です。

奉公問題の解決方法


協力型ボードゲームは、ヘビーボードゲーマーでも新鮮に遊ぶことが出来る、とても楽しいデザインなのですが、奉公問題をうまく解決しないと大切な面白味がスポイルされてしまいます。

奉公問題の解決案として、熟練者が初心者にアドバイス出来ないように、ゲーム中はプレイヤー間のアドバイスを禁止にするルールを採用すれば良いのかもしれません。
ただ、ルールでプレイヤー同士のインタラクションを封じることは、ボードゲームの楽しさのワイワイ感がなくなるので、あまり良い案にも思えません。

アドバイスはルール上、OKにしておき、アドバイスを受けた初心者や周囲が不愉快に感じた時にペナルティを課す案なら、インタラクションと奉公問題を解決出来そうです。
ペナルティは、単純に点数の減点が考えられますが、協力型ボードゲームに点数を競い合わすメカニクスを考えないとペナルティの意味があまりないかもしれません。


協力型ボードゲームに感じるボードゲームの可能性


ボードゲームは、プレイヤー同士が競争することで盛り上がります。ほとんどのボードゲームは競争型ですが、[パンデミック]という協力型ボードゲームの傑作も生み出されていることを考えると、今後大ヒットを飛ばすのは協力型のボードゲームかもしれません。

 

2016年1月5日火曜日

インタラクションはボードゲームで1番大事

今回は、インタラクションを考えます。
ボードゲームにおけるインタラクションとは、簡単に言うとプレイヤー同士の関わりといたったところでしょうか。
例えば、別のプレイヤーを直接攻撃できる。同じマスに止まった時にジャンケンなんかで優先を決める。皆んなでワイワイしている感じが高いボードゲーム程、インタラクションが高いと言えます。


インタラクションはボードゲームに1番大事な要素か


よくボードゲームを批評する時に、ソロプレイ感が強いというコメントを加えてある文章を見ることがあります。
皆んなでボードゲームをプレイしている感じではなく、自分の考えがダイレクトにゲームに反映され、他プレイヤーに邪魔をされないので、文字どおりソロプレイ(1人で遊んでいる)の状況を生み出しやすいゲームは批判されがちです。

ボードゲームは、テレビゲームと違いひとが集まらないと遊べないゲームがほとんどです?せっかく人が集まったのに、それぞれが黙々と自分のプレイに没頭してしまうのは、つまらないと思います。
何かボードゲームの楽しみを大きくスポイルされた感じがします。
ソロプレイなら、わざわざボードゲームでなくてもテレビゲームでいいじゃないかという発想ですね。


ソロプレイ感のあるボードゲームは楽しくないのか


インタラクションが薄いので、皆んなでボードゲームを楽しみたいというプレイヤーには楽しくないと思います。
ただ、中量級のボードゲームは多かれ少なかれソロプレイ感があるゲームが多く、ソロプレイに没頭出来る=ゲームに没頭していると理解出来ます。


まとめると、インタラクションのないゲームはソロプレイ感が強い。
プレイヤーによって好みの差はあるが、中量級以上のソロプレイに没頭するのが楽しいと感じることもあります。

ドローした選択肢から取り捨てするメカニクス

タイトルどおりなのですが、ドローした選択肢から取り捨てするメカニクスについて考えてみます。数多くのボードゲームに採用されているメカニクスで、プレイヤーに選択肢を与えるのは、いかにもボードゲームらしい要素と言えると思います。

まずドローとは、山札や場にある駒等を自分のものにする動作のことです。カードゲームで例えると分かり易いのですが、3枚カードをドローしたといえば、手札に3枚加えたていいう意味です。
今回考えているのは、ドローした後に選択肢を与えるメカニクスです。
手札には5枚までしか持てないけれど、ドローは何枚でも可能で何枚ドローしたカードの中きら必要なカードを選べることが、このメカニクスの肝です。


自由度を拡げる複数枚ドローと取り捨て選択


ドローしたカードから必要なカードだけを選択出来るメカニクスは、プレイヤーに考える要素を与え、選択したカードが後々のゲーム展開で正解だったか分かるため、選択のジレンマを生み出します。
ボードゲームには、ジレンマがある程、考える楽しみが増えるのでとても良く出来たメカニクスと言えます。

反面、ドローの枚数が増え、そこから取り捨て選択する思考時間もかかるため、ゲーム時間が長くなり、ゲームのテンポが悪くなるデメリットも生まれてしまいます。

ドローのメカニクスを練り込んでみる


単純にカードドローで取り捨て選択するのでは、捻りがないので色々とアイデアを練ってみました。
ボードそのものを毎回取り捨て選択させるデザインです。
プレイヤーは、プレイボードを複数から選べます。毎手番ごとにボードは追加され常に取り捨て選択を迫られます。
選択したプレイボードにより、プレイヤーが出来る行動が変化するのでひとつのボードだけではゲームクリアは困難です。

カードをプレイボードに変えただけなのですが、プレイボード=複数のカードの効果があるという感じにすると楽しくなりそうです。
メリットとデメリットが共存するようにプレイボードのバランスを取るとうまく機能しそうです。

ローグライクをボードゲームで表現する

パソコンのゲームを遊ぶ人は知っている人も多い、ローグライクという言葉は、ボードゲームをする人には馴染みが薄いかもしれません。
ローグライクをボードゲームで再現したい!そんな事を書き連ねています。

ローグライクとは、パソコン自体が世の中に売られて間も無い頃に作られた[ローグ]というパソコンゲームがあり、完成度の高いゲームシステムと中毒性が受けました。
その高いゲーム性を真似て作られたゲームを、ローグライクという言葉で呼びます。

ローグライクの定義は色々ありますが、


  • プレイヤーがひとつ行動すると相手もひとつ行動する
  • 一度でも倒されるとすべてが水の泡
  • ランダムで遊ぶ場(ダンジョン)が形成される
  • ランダムで相手やアイテムが変わる
この4点のうち、1点でもあればローグライクと言えると思います。


ローグライクはボードゲームに向いている⁈


ローグは、ランダムに形成されるダンジョンと呼ばれる迷路に落ちているアイテムを拾ったり、ダンジョンに彷徨く敵を倒しながら地下深くに潜っていき、宝物を見つけだすゲームです。
ローグの特待であるプレイヤーがひとつ行動すると敵もひとつ行動するというシステムは、ボードゲームの手番と同じように交互に思考を重ねていくメカニクスそのものです。
特にローグでは、アクション性が全くないのでじっくり考えて次の一手を考える感触はボードゲームをプレイする感覚です。

他にも、手持ちのアイテムをうまく使い立ち回る感じは、カードゲームの手札を選んでいく感触です。

交互に思考、アイテムを駆使しての立ち回りは、ボードゲームそのものなのですが大きく異なる点に、ローグは敵の動きがコンピュータが勝手に動かしてくれるのですが、ボードゲームは人の手で色々な処理をしていかないとゲームが進まないことです。
ボードゲームで自動的に処理をするメカニクスを考えないとローグライクのボードゲームは出来そうにありません。


自動処理をボードゲームで実現するアイデアはあるのか


ローグライクボードゲームを作るには、敵の動きを自動的に処理するアイデアがないと実現が難しいのですが、完全な自動化にするとボードゲームとは言い難いものが出来てしまうと思います。

そこで、半自動化のメカニクスで、ローグライクが実現出来るのではないかと考えました。具体的には、山札カードを用意し毎手番ごとに山札からカードを引くメカニクスで、山札のカードの中に敵を行動させるカードを混ぜておきます。プレイヤーは敵を動かすカードを引いた時には、敵を行動させます。

もっと単純にプレイヤーの手番が終わったら必ず敵の手番をプレイヤーが代わりに行うメカニクスでもいいのですが、自分の手番以外の処理を毎回させられると、かなり面倒なゲームになるので遊び手に負担をかけすぎになります。


まとめとして、ローグライクの楽しさはじっくり考えた一手を駆使して立ち回って行く事なので、ボードゲームの感触だけど、相手の動きを自動的に行うメカニクスがないと、ただ面倒なだけのゲームとなってしまいます。

2016年1月4日月曜日

ボードゲームのプレイ時間

ボードゲームをプレイする適正な時間について考えてみたいと思います。

一言にボードゲームといっても、大きなボードを使うもの、カードしか使わないもの、プレイ人数も1人〜6人7人と様々です。プレイ人数が多い程、プレイ時間は長くなりがちです。また、考える要素の多いボードゲームも、それぞれの思考時間分だけプレイ時間が延びてしまいます。

一般的にみて、[トランプ]等の軽めのカードゲームは20分程度、中量級レベルのボードゲームで40〜60分。重量級で120分がプレイ時間の目安です。


軽量級のボードゲームのプレイ時間


軽量級のボードゲームは、シンプルかつスピーディに勝敗が決まるのが、メリットでありデメリットでもあります。ボードゲームをがっつり遊ぶ人は、重量級のボードゲームの合間に軽量級のボードゲームを遊ぶ感じです。
合間に遊ぶゲームなので、後に疲れが残らない程度のプレイ時間、10分くらいがベストかもしれません。20分もプレイするとがっつりボードゲームを遊んだつもりになる事もあるので、軽量級のボードゲームとしては長いと感じます。


中量級のボードゲームのプレイ時間


中量級のボードゲームは、もっともボードゲームらしいと感じるものが揃っています。
プレイ時間=満足度と捉えると、あまりに短いプレイ時間は中量級のボードゲームには適していません。
40分〜60分程度が中量級のボードゲームのプレイ時間の目安でしょうか。
1日に何十回もプレイは出来ないのですが、2〜3回なら連続プレイ出来る限界の時間が60分以内かなと思います。


重量級のボードゲームのプレイ時間


重量級は、初心者のボードゲーマーにはなかなかクリアが難しいプレイ時間です。
120分〜がプレイ時間の目安で、プレイ時間に比例してシステムも複雑になり、煩雑な処理も多くなるのでそれ以上かかることもあります。
ボードゲーム玄人の人でも、120分以上もの時間を作るのは難しいので、必然的にプレイ回数は少なくなってしまいます。


まとめ、ボードゲームのプレイ時間は、ボードゲームの内容によって変化するが、プレイ時間=ゲームの難解度と考えることも出来ると思います。
各プレイヤーの空き時間にあわせて、遊ぶボードゲームを選べるのもボードゲームの良さかもしれません。

2016年1月3日日曜日

ボードゲームの収束性とは

ボードゲームにおける収束性について考えてみます。

収束性とは、ボードゲームで遊んでいて終盤にダラダラとしたプレイになるのか、緊張感を維持したままゲームが決着するのか。収束性が悪いボードゲームは当然ダラダラとした感じになります。

ボードゲームのデザインとして収束性を悪くしてしまうと、何回もプレイする気を失くしてしまうのでよくありません。


収束性の悪いボードゲームとは


終盤にダラダラするボードゲームとは、どんな感じかというと、既にプレイヤー同士で勝敗が決まってしまった状態なのに、全員がプレイを終わるまで待たないとゲームが終了しない。
他には、プレイヤー自身にゲームを決着させる権限を与えてしまっていると収束性は悪くなります。例えば、最後のボスを倒せばゲームは終了するが、ボスと戦うタイミングはプレイヤー次第といったデザインだと、慎重なプレイヤーの場合は何時までもボスに挑戦しないので、収束性が悪くなります。

収束性が悪い=楽しくないボードゲームではありません。
なかなか終わらないという事は、そのゲームが楽しければ、プレイヤーとしては楽しい時間が長く続くので、とてもよい体験になります。


ボードゲームの収束性をよくする方法


収束性をよくする方法としては思い付くものをピックアップしてみます。どれも当たり前の事ですが、なかなか守れていないボードゲームが多いのが実情です。

  • ゲーム終了の権限をプレイヤーに持たさない
  • ゲーム終了条件を明確にする
  • 時間を忘れるくらい楽しいゲームにする

ゲーム終了の権限をプレイヤーに持たせてしまうと、ダラダラプレイに陥りやすく収束性が悪くなります。また、終了条件を明確にしておかないと、プレイヤー自身が何を目標にゲームを進めていけばいいのかを迷ってしまい、ゲームの進行が遅くなり最終的な収束もつきにくくなります。

結局のところ、時間を忘れるくらい楽しいボードゲームなら、収束性なんか気にしなくてもいいのですが。



ボードゲームにおけるリソース管理

リソース管理とは、なに?とピンとこない人も多いと思いますが、与えられた手札や駒をうまくやりくりしてプレイするのをイメージしてもらうと分かりやすいのではないでしょうか。

一昔前のテレビゲームで、ロールプレイングゲームというジャンルが流行りました。まさにリソース管理の塊の様なゲーム性で、戦略性の高さが面白さのキモだったと記憶しています。
敵を倒すことで経験値が貯まり、経験値が一定量になるとプレイヤーキャラクタがレベルアップし、より強い敵を倒せるようになったり、魔法という、より強力な攻撃方法が増えていきます。
広大な地図上を敵を倒しながら進み、途中で行き倒れにならないように体力を気にしたり、魔法を使う元となるマジックポイント(まさにリソースなのですが。)の残量を計画的に使ってゲームを進めていきます。


ロールプレイングゲームのリソース管理が廃れた理由


中、長期的な戦略性が必要となるリソース管理は、とても楽しいのですが、まさにボードゲーム的な色合いが強く、多くのプレイヤーには好まれなかったようで、リソース管理しなくても無限に近いリソースがあり、派手な戦闘を楽しむスタンスに変化していきました。

ロールプレイングゲームのリソース管理が廃れた理由は、プレイヤーがより簡単に快楽を得ることを望んだからだと思います。何だか、ボードゲームがあまり流行らない理由と共通している気がします。


ボードゲームにおけるリソース管理


ボードゲームは、トークンと呼ばれる小さな駒がリソースの元になることが多いです。
トークンの残量を気にしながら、プレイヤーが次の手をどうするか決めていき、ゲームが進行していきます。

トークンを使わないボードゲーム、例えば、カードゲームなんかも手札から、今使うべきカード、後で使う為にに温存しておくカード等を選択していくのも、広い意味でリソース管理と言えます。

リソース管理の面白さは、中、長期的な計画が練れる点だと私は考えています。
序盤はなるべくリソースを温存して、中盤にかけてリソースを増やしていく。終盤に貯めに貯めたリソースを使い勝利するなんていう感じが、ベストなリソース管理かなと。


食料の概念、フードサプライ


実際の世界では、食べ物を食べないと生きていけない様に、ボードゲームにも食料の概念を持ち込んだメカニクスが、フードサプライです。
一定の手番が進むと行動に制限がかかり、食べ物(フード)を摂らないとゲームクリアが難しい、若しくは出来ないという感じです。

非現実的なボードゲームに、現実的な要素を加えたフードサプライは、リソース管理そのもので、とても面白味を感じるメカニクスです。うまく、ゲームの雰囲気に合わせて、フードではなくガソリンにしたり、酸素ボンベなんかに代用することで様々なアイデアが思い付きます。(ガソリンはロボットや車が登場するボードゲーム、酸素ボンベは潜水艦が登場するボードゲームをイメージしてみました。)


リソース管理のまとめとして、トークン等で数値を管理し、中、長期的な計画をたてることでゲームが上手く進行していくメカニクスといったところでしょうか。

2016年1月2日土曜日

ボードゲームのジレンマについて考える

ジレンマとは、何か行動を起こす時に障害となるものが発生し、その障害に対して歯痒く感じる、悩ましく感じることを言います。

まさにボードゲームはジレンマの連続で、むしろプレイヤーはこのジレンマを楽しむ為にボードゲームを遊んでいると言い切ってもいいかもしれません。
有名なボードゲームデザイナーにクニツィアという人がいるのですが、このデザイナーの作るボードゲームはジレンマを感じるゲームが多く、敬意を表し、クニツィアジレンマなんて言葉があります。


クニツィアジレンマ


ライナー・クニツィアというドイツのボードゲームデザイナーで、せりゲームの傑作[モダンアート]や、バースト系の傑作[ポイズン]等、500以上とも言われるボードゲームを作り上げたボードゲームで成功した人物です。
このクニツィアが、作ったボードゲームにおける強烈なジレンマを、クニツィアジレンマと呼んでいます。

[ポイズン]というボードゲームは、3種類の薬品カードと毒薬カードを手札として、各プレイヤーに配り、それぞれの薬品カードが置かれた場に、
カードを置いていきます。場に重なったカードの数値が14以上になってしまうと、そのカードを引き取らなければいけません。
最終的に手札カードの数値の合計が多いプレイヤーが負けとなります。いわゆるバースト系ゲームなのですが、2つのルールがあるおかげで単純なゲーム性に強烈なジレンマが盛り込まれています。

  • 1番多く同じ薬品カードを持ったプレイヤーは、その薬品カード分は計算しない。
  • 毒薬カードはどこにでも置けるが、引き取った時はマイナス2点。
わざと13を超えるようにして、特定の薬品カードを集める作戦、その作戦を邪魔するように毒薬カードを押し付ける。
手札から、どの薬品カードから置いていくのか、どのタイミングで毒薬カードを投入するのか。
シンプルなメカニクスの中にあるジレンマがなんとも歯痒く楽しいボードゲーム(カードゲーム)です。


イライラするジレンマ


クニツィアのように、質の良いジレンマならイライラせず、歯痒さを楽しめますが、質の悪いジレンマはとてもイライラします。そもそも、イライラするジレンマはジレンマとは言えません。

例えば、ジレンマを感じながら選んだ結果がゲーム中にハッキリ分からないなんて言うのは最悪ですね。




ボードゲームのメカニクス

ボードゲームのメカニクスという言葉を知っている人は多いだろうか。

ボードゲームのメカニクスとは、ルールや説明とよく勘違いしてしまいがちだが、駒の動かし方や、手番の処理の仕方等、ボードゲームを遊ぶ上での決められた手順と私は捉えています。
その手順がシンプルである程、メカニクスは優秀で尚且つ、そのメカニクスを使ってルールが明確に出来れば最高のボードゲームデザインと言えるのではないでしょうか。

例えば、手番がきたら手持ちのカードをプレイしなければいけないというメカニクスがあるとします。メカニクスとしては、カードをプレイすることだけがメカニクスであり、ルールに何枚までしか使えない等の記載がなければ、プレイヤーはメカニクスに乗っ取り1枚でも、3枚でもプレイしてもいいのです。
プレイヤーは選択の幅が拡がり、さらにカード同士の効果をコンボとして使える等、手番がきたらカードをプレイするというメカニクスだけで、様々な遊び方、戦術が思い付きます。

優れたメカニクスは遊び方を拡げる


私が作ったボードゲームでは、将棋の盤のようなマスに沿って駒を動かすというメカニスを使っています。
駒を動かすルールは、斜めに向かっての移動を禁止しているだけで、1手番に何マスまでしか進めないというルールはないので、プレイヤーは自分の考えで何マスでも進むことが出来ます。
慎重に1マスずつ進んだり、一気に何マスも進んだり、とても自由度が高くなっています。

プレイヤーに沢山の選択肢を与え、そこから最適な方法を模索していくのは、ボードゲームならではの楽しみかもしれません。テレビゲームの様に反射神経に頼らず、思考だけで選択していけるのも魅力ですね。


反射神経が必要なメカニクスはボードゲームではない?!


ボードゲームの魅力のひとつに、反射神経が必要がない点を挙げましたが、反射神経が必要となるメカニクスもあります。
例えば、場に置かれたカードや駒を同時にプレイヤー同士で取り合うというメカニクスは明らかに反射神経だけが必要となります。
アクション性の高いメカニクスは、思考一辺倒のボードゲームのアクセントにはなりますが、逆にサイコロを使いランダム性が高くなってしまい、ゲームが飽きてしまいやすくなるのと同じことが起こってしまうと考えています。

私は、ボードゲームにリピート性を求めています。何回も遊びたくなる要素に、反射神経はあまり相応しくないと考えます。
将棋や囲碁が、早い人順にどんどん駒を動かせるメカニクスなら、根強い人気を得て遊び続けられなかったのではないでしょうか。あくまで思考性を優先した結果が年配の方を中心とした幅広い層に浸透したと思います。


メカニクスでボードゲームの面白さが決まる⁈


メカニクスは、ルールやシステムとは違うという事は何となく理解して頂けたかなと思います。メカニクスの完成度=ボードゲームの完成度につながると私は考えています。

[オセロ]のメカニクスは、駒は必ず枠内に置かなければいけないということで、ルールとして、必ず駒同士を隣り合わせに置かなければならないというのがあります。
枠内に置くというメカニクスは視覚的に分かりやすく、あまりボードゲームをプレイしない人でも直感的に分かる優れたものです。
直感的に分かり易いことは、そのボードゲームの間口を広げるためにとても大事なことです。ルールはどうしても、そのボードゲームだけの押し付けがましいものに成りがちですが、メカニクスを押し付けがましいものにしてしまうと、誰も遊びたがらないのではないでしょうか。


まとめると、メカニクスとはボードゲームを遊ぶ上での決められた手順で、ルールや説明とは違う。優れたメカニクスは、プレイの幅を拡げる。という感じです。

サイコロを使わないボードゲームについて考える

私が遊んだことのある多くのボードゲームは、サイコロを使うものが多かったです。
すごろく系のボードゲームは、駒を進めるためにサイコロを使います。

例えば、すごろくでサイコロを使わずに駒を進めるとどうなるでしょう。
各プレイヤーは、すごろくの目的であるゴールに向かって、1番多く進める6を繰り返すか、都合のいいマスに止まるために、そのマスにピッタリ止まれる数値分だけ進めるでしょう。

サイコロを使わないと、各プレイヤーの計画どおりゲームが進んでしまいます。
何回プレイしても同じ結果しか出ないので、すぐに飽きてしまいます。
そこで、サイコロという1〜6の数値をランダムに出せる装置を使うことで、プレイヤーの思いどおりに駒を進めることが出来ずに、止まりたくないマスに止まってしまいペナルティを受けてしまう等、思いどおりに進めないことでゲームに盛り上がりが生まれます。

サイコロが生み出すランダム性の弊害


サイコロによって、すごろくは盛り上がるボードゲームとなっていますが、その代わりにプレイヤー自身が色々と考えて行動を決める計画性が犠牲になってしまい、完全な運任せなゲームに変わってしまいました。
日本では、運任せなゲームの方が重宝される傾向が強いようですが、ボードゲームの本場のドイツでは、運だけのボードゲームはなく、プレイヤーに考える余地を与えるボードゲームがほとんどです。

運だけのボードゲームは、お正月等で全くボードゲームを遊ばない人が沢山集まった時には、ルール説明が簡単で適度に盛り上がれるので楽しいのですが、何回もリピートするとゲーム性の薄さからすぐに飽きるつまらないゲームとなってしまいます。

サイコロはランダム要素が多過ぎて好きになれないと、常々思っています。
すごろくなんかは、サイコロの出目次第で勝敗が決まりますが、そこには戦略や戦術といった思考の果ての結果ではなく、ランダムに決められた結果なので、勝っても負けてもつまらないし、次はプレイしたら勝てるみたいなものがないのです。

私はボードゲームは思考のゲームだと思っているので、いかにボードゲームからランダム要素を取り除くことが出来るか、アイデアを練っていて、サイコロをなくすのも、サイコロ自体の存在が駄目なのではなく、ランダムに決定され思考の余地がないのが好きになれないのです。

まとめると、サイコロを使うことでランダム性が生まれるが、その変わりに思考性が失われ、ゲームが簡単で単調なものになってしまいます。


サイコロを使わないボードゲームについて考える


私がサイコロを使うボードゲームが好まないのは、考える要素が極端に少ない点です。
ボードゲームの楽しみのひとつに、ゲームのルール内でプレイヤーが出来ることを考え、
あれこれ最適な行動を選んでいく思考性があります。

あれこれ考えた結果が、ゲームの勝利につながれば格別の高揚感が得られます。
テレビゲーム等で、華麗なボタンさばきで強い敵を倒した時にも得られる喜びにも通じるものがあるかもしれません。
確かに、サイコロを振り6が連続に出てゴールした時も高揚感は得られますが、自分の力ではない感じがしてしまいます。

では、サイコロを使わないすごろくを考えた場合、どのようなものが考えられるのでしょうか。

駒を進める方法を、数字カードにしてみてはどうでしょうか。
1〜6までのカードにし、各プレイヤーは自分の手番がきたら好きなカードをだし、進むことが出来ます。ただし、一度つかったカードは残りのカードを使い切るまで使用不可になります。
このルールなら、プレイヤーにカードを出す順番を考える思考性が生まれ、何手か先まで想像することで、有利に駒を進められる思考型のすごろくになります。

ただ、止まったマスが普通のすごろくの様に、3マス進む、2マス下がるといった単純なものにしてしまうと、カードを出すパターンがプレイヤー全員一緒になってしまいかねません。
止まったマスのイベントを、隣のプレイヤーのカードを奪うとか、特定のカードを持っていた時だけ有効になるイベントにする事で、思考の幅が拡がります。
さらに、ひたすら前進するだけでなく、手札カードを使い下がることも出来る様にルールを追加すると、より楽しいかもしれません。


サイコロを使わないボードゲームをさらに考えてみる


結局のところ、サイコロの代わりににカードだったり、トークンと呼ばれる小さな駒を使うだけで、なかなか新しい発想は生まれてきません。
ドイツなんかでは、ボードゲームデザイナーが表彰されたり、職業として成り立っているにも関わらず、本当に斬新なアイデアは出てこない現状を考えると、ボードゲーム素人がいくら考えても、良いアイデアはすぐには生まれないですね。




2016年1月1日金曜日

ボードゲームを考える

はじめまして。[ボードゲームを考える]ブログ執筆人のskと言います。

このブログは、スマートフォンのゲームやテレビゲームの様にデジタル化されたゲームではなく、人の思考性を重視したアナログのボードゲームやカードゲームについて考えていく趣味のブログです。

執筆人skは、正直に書きますと一般的なボードゲームプレイヤーと違い、ボードゲーム自体のプレイ経験は、数える程しかありません。
幼い時に家族で、遊んだ[人生ゲーム]からはじまり、小学生、中学生、高校生時代は丁度、テレビゲームが全盛期だったので、ボードゲームと呼ばれるアナログゲームは、何もしていませんでした。

結婚して、奥さんと晩酌がてらにトランプを楽しんだり、オセロゲームを遊び、やがて子供が生まれ大きくなり、ドンジャラと呼ばれる麻雀を簡単にしたゲームを家族みんなで遊ぶ程度で、[カルカソンヌ]や[カタン]、[ドミニオン]と言う、メジャーなボードゲームを知ったのは、本当にこのブログ執筆の1年前程の話です。

そんなボードゲーム初心者が、何故、ボードゲームのブログを執筆するに至ったのか。


丁度、ブログ執筆の1年前に自作のボードゲームを作ったのが、事のはじまりでした。
自作ボードゲームを作ったキッカケは、小さな子供と一緒に楽しめる遊びはないか、インターネットで調べていた時に、数多くの楽しそうなボードゲームがあることを知ったのですが、その値段の高さに購入をためらい、ルールさえ知れば、子供と楽しむくらいの自作ボードゲームが作れると思い付いたからです。

ただ、単純に市販されているボードゲームのルールを調べ、ダンボールや厚紙なんかを利用して、市販ゲームのルールを取り入れた簡易自作ボードゲームを作る時に、色々なアイデアが自分なりに思い付き、コピーではない自作のボードゲームを、市販化出来るレベルではないのですが、完成させました。

テストプレイと称し、5歳の息子と毎日1.2時間は遊ぶのを4カ月くらい続けました。
見た目はともかく、毎日毎日遊べたのは、自作して愛着があることもありますが、我ながらよく出来たボードゲームではないのかと思い、もっと練り込むことで市販化レベルになればいいなと、各種アイデアをまとめるためにブログに書き綴ることにしたのです。

未だに、名作と呼ばれる[カタン][ドミニオン]すら一度も遊んだことがないのに、偉そうにボードゲームのことを語っていますが、本人は至って真面目に考えています。